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メッセージ 1992

近田玲子
メッセージ

旧暦の小正月、今年も台湾・台北市郊外に、火を灯したランタンを空いっぱいに飛ばすおまつりを見に行きました。昔、盗賊が去った後に留守を守った村民が山に逃げた女子供に「もう安全。帰って来い。」という意味でランタンを空に上げたのが始まりだそうです。

紙製ランタンの底に、石油をしみ込ませた油紙を乗せて点火すると、中の空気が暖められて徐々に膨らんでいきます。等身大にまでなったら、筆で大きく願いごとを書きます。頃合いを見計らって手を放すと、左右にバランスを取りながら地上すれすれのところを漂った後、あっと言う間に空高く舞い上がっていきました。願いが天に届く、そんな一瞬でした。

山あいの村の真っ暗な空に、ピンク、黄色、緑、橙、白の、何十、何百ものランタンがふわふわ漂っています。遠くの山の頂にまで、ほたるのように小さくまたたくランタンが見えました。

2005年版ブロッシャー序文


1910年(明治43年)アメリカGE社をはじめとする世界のランプメーカーが会合した時、白熱電球を「マツダランプ」と呼ぶ事が決められました。日本でも大正2年から昭和38年までこの名前が使われていました。

マツダ(Mazda)とは、古代ペルシャのゾロアスター教の最高神アウラ・マツダのことで、全ての光の源はこの神にあると信じられていました。拝火教ともいわれているように火を崇め、ゲーテ、ニーチェなどに大きな影響を与えた善悪二元論、終末論で有名です。

閻魔大王、帝釈天、阿修羅、弁財天、観音、弥勒などの神々の由来、祖先の霊魂があの世から戻るのを迎え火を焚いて待つお盆の習慣も、ゾロアスター教から伝わったと考えられ、私達日本人の精神構造に意外に関係の深い事がわかります。

イラン中央部の聖地ヤズドの神殿で、千年以上も燃え続けている聖なる火を見た時には、体中がぞくぞくしました。まるで命ある生き物のようでした。

火には人を魅了する何かがあります。

光のデザインは、まず火を知ることにあり―――電球の名前にアウラ・マツダを選んだ先人に脱帽します。

1998年版ブロッシャー序文


20代の時、バイエルン王ルードヴィッヒが住んでいたヘレンキムゼー宮で催された室内楽コンサートを聞きに出かけました。

湖の真ん中にある小さな島に船で渡り、船着き場から城の玄関まで、ルードヴィッヒの時代そのままの服装をした馭者が操る馬車に乗りました。馬車にはろうそくの入ったランタンが灯り、まるでシンデレラの気分でした。

城内のシャンデリアというシャンデリアには、何百本という本物のろうそくが灯されていました。クリスタルにきらめいて、その豪華な事といったらありません。

コンサートは「鏡の間」で行われました。ほこりを被り、くすんだ歴史の遺物でしかなかった部屋が生き生きた世界に変わり、音さえも全く違った響きで聞こえるではありませんか。その昔、貴族たちが昼間寝て夜になってから舞踏会を催したというのも、もっともとうなずけました。

「あかりは魔力を持っている!」という驚きは、照明の仕事にのめり込むきっかけとなりました。

1995年版ブロッシャー序文より


照明設計の仕事は推理小説を書くのととても良く似ています。

連続する空間の中では、それぞれの部屋と光の関係が非常に重要な要素になります。照明デザイナーは登場人物を描くように、連続した空間の一つ一つに個性を与え、常に次の空間に対する期待を持たせ、回遊する人々を犯人探しへと導いていく。人々は目に入る一つ一つの光の変化をたどりながら、最後に建物の中の一番重要な場所(真犯人)を見つけて満足感を味わうのです。

このように、1枚の絵としてのみ光をとらえるのではなく、推理小説を書くのと同じように人間の動きや時間の経過に従った光を作ることが、照明デザインの醍醐味だろうと思います。

1992年版ブロッシャー序文より


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